チネイザンで”聴く”ということ

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こんにちは。
土屋しずかです。

チネイザンのコラム今回(5回目)は
チネイザンの”聴く”タッチについて

“Healing From Within”の抜粋からの翻訳です。

”聴く”タッチを生むための心構え

チネイザンが主にしていることは、お腹をマッサージしながらタッチするということ。そしてここには単なる”タッチ”を超えた広い意味が含まれています。

タッチは、コミュニケーションであり、意識からかけ離されていた場所と再び繋がることであり、そこに調和をもたらし、自身の中に統合をもたらすことでです。

チネイザンは、どこか悪いところを”Fix”(治す)したり、症状を治療したりするものではありません。チネイザンはクライアントが自分自身と繋がるために自分を深く”聴く”ことを助けるのです。

プラクティショナーの柔らかいタッチによって、サポートの場が作り出され、クライアントは自分自身を感じられるようになります。そしてまたプラクティショナーのワークに対する態度や精神的心持ちが、この場を創り出すのです。

「考えること」と「感じること」の違い

感情は、感じられなければ、解放することはできません。(感じられて初めて解放されるのです)それがどんなに心地悪い体験であっても、感情をもう一度 ”感じる”ことがヒーリングへの第一歩なのです。

感情にワークする際の一番のアドバイスは、それを理解しようとしないこと、です。

感情に理屈はありませんし、もしもそれが理性的であれば、感情とは言えません。それは思考なのです。

思考は時間と空間を伴い理性的で問題解決に根ざしていて、説明や理解や解決が求められます。

思考と違って感情は、理解する必要も、説明する必要も、解決する必要もないということを、チネイザンのプラクティショナーは心得ておくべきです。

感情はただ気づいて、受け止めてあげるだけでいいのです。

感情は思考と違い、時間と空間に属しません。”それがどんなに昔に起こったことであろうと、今ここで同じように感じている”という体験です。

感情が沸き上がったらそれには何か理由があるはずです。何もなくして感情は起こりません。そしてそれを説明したり正当化しようとするのは、真実やリアリティを説明しようともがくのと同じです。

感情に、それが真実かどうかなどと問う必要はありません。しっかりと感じられただけでそれが真実となるのです。真実とは相対的(絶対でない)です。立ち位置によってものごとの真実は変わるのです。

解決しようとするのではなく、そして正当化することもなく、出てくる感情(内に込めた感情)に対して触れていき、拒絶して押しやってしまうのではなく、適切にそれが消化されるようにサポートすることです。

このような感情の消化(解放)のプロセスをおこさせるために一番大切なのは、思考を停止させることです。

なぜなら人は考えれば考えるほど、感じることができなくなるからです。

もちろん、考えながら感じることもできます。でも通常私たちは感覚を麻痺させ感じなくするために一生懸命考えているのです。

そしてそれが感情の消化のプロセスの妨げになってしまいます。

これは食べ物を適切に消化できないのと同じです。消化されない感情もまた、お腹の中に溜まってしまうのです。(つづく)

”Healing From Within” by Gilles Marin
North Atlantic Books 1999

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