呼吸と”触れる”ということ

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こんにちは。
土屋しずかです。

チネイザンのコラム、今回(9回目)は、
「呼吸と”触れられること”」について

“Healing From Within”の抜粋からの翻訳です。
これまでの記事はこちらをご覧下さい。

呼吸は命の原動力

呼吸は命の原動力です。生きているものとそうでないものの違いは、呼吸をしているかということ、命の脈動がそこにあるかということです。生きとし生けるものの細胞は全て呼吸をしています。呼吸とは、内側を作っているものと外側の世界が繋がりながら細胞が動くことです。それが呼吸なのです。そして胸部が拡張・収縮して酸素を体に取り入れながら、細胞の動きが体全体に広がっていくのです。

チネイザンのプラクティショナーは、聴くタッチによりクライアントとより繋がることができ、体のいろんな部位にも意識が及ぶようになります。目の前にいる人が、どんな人であるか、何を感じているかが最も具体的に現れるのが呼吸です。そしてその人を知り、繋がる一番の近道は呼吸を通してです。全身が呼吸で繋がっています。だからチネイザンのトリートメントも呼吸から始まるのです。

呼吸と動き

呼吸は内と外をつなげる動きの始発力です。アメーバやクラゲのような原生生物を観察してみましょう。彼らは、呼吸・消化・動くことを一度に行なっています。私たちが呼吸をするとき、吸気で酸素を取り入れ、呼気で代謝した不要物を体の外に出しています。同時に呼吸は体の生理的な働き全てにインパクトを与えています。横隔膜が上下する動きは、胸部への空気の出入りを促すと同時に、循環器系やリンパの流れ、消化のプロセスにも影響を与えています。大腸の蠕動運動を促し、腎臓や肝臓に圧を与えます。

呼吸が起こす現象を注意深く観察すると、その動きは胸部から始まるのではなく、腹部の深いところから起こっていることが分かるでしょう。例えば眠っている人を観察してみてください。呼吸のリズムは胸部の空気の出入りと必ずしも呼応していないことがわかります。その動きは腹部の深いところ、体の重力の中心からきています。すべての動きが始まるところです。

体を動かす、ということに関しても、私たちが動いたり歩いたりする際、最初に足から始めません。まず動く方向に重心をかけ、体の中心や重心を向けていきます。それから他の部分がその動きに付いていきます。動きのアートであるダンスやアクロバット、武術などもこの原理に基づいています。体の動きの中心点と呼吸の動きの原点は実は同じなのです。

けれども、単純な呼吸(意識していない呼吸)の動きと、生命力のセンターが広がる呼吸の動きには違いがあります。トリートメントの間は、クライアントが自分の中心の呼吸と繋がれるようガイドします。そのために、クライアントに骨盤まで呼吸を降ろすよう導いたりもするのです。もちろん実質的に呼吸をしているのは肺ですが。

呼吸の動きは、臍の下から始まり、球体のように拡張しながら骨盤底まで、そして上部は鎖骨まで広がります。空気がボトル()に注がれるのを想像するといいでしょう。満ちる感じは底から上に上がってきますね。満ちている間、横隔膜は下がって肋骨を持ち上げますが、その圧は胸部というよりも腹部の真ん中あたりに感じられ、下腹部が突き出ます。呼吸が満ちた時でも、胸部はリラックスして軽さがあるといいでしょう。

そうでない時(胸に軽さが感じられない)というのは、横隔膜が正しく動いていず、吸気で満たしている時、腹部がへこみ胸が突き出る呼吸になっているのです。

(***しずかの注釈/ 心配事などで呼吸が上がり横隔膜が下がらずに正常に動いていない状態のことを指している)

次回「呼吸と意識」「呼吸と感情」に続きます。

“Healing From Within” by Gilles Marin
North Atlantic Books 1999

 

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